人は何を求めるか⑥ 「悪しき霊?からの解放」 マタイ8:28-34

人は何を求めるか⑥

「悪しき霊?からの解放」

マタイ8:28-34 

私たちが直面する様々な状況に対して、イエス様はどうされたのかを通して、私たちはどう生きたら良いのかを学んでいます。イエス様に従うための覚悟、従うとは聞き従うこと、突発的な出来事によって私たちの心の内にある価値観が明らかになり、どんな時でも主に求めて生きることを学びました。今日は、現代あまり意識されていない“悪しき霊”からの解放です。

1.悪しき霊につかれた人?

並行箇所はマルコ5:1-17とルカ8:26-37です。“悪霊”、“汚れた霊”につかれた人と記されています。その特徴は、“墓場に住み、ひどく凶暴で、鎖や足かせを引きちぎり、叫び、自分のからだを傷付け、大声で叫んでいた”とあります。人との関わりをせず、自らを傷付け、昼も夜も叫び続けていて、尋常でない力を持っていたのです。現代では多くの場合、精神的な病、心の病と言われますが、この特徴からすると単純ではありません。
この地域が“ガダラ人の地”とあり異邦人の地であることは注意すべきところです。日本の社会においては、占いや霊媒は今でも存在し、頼っている人がいることは良く知られています。今日でも存在しているのです。

2.正気に返った男

この悪霊につかれた人は“レギオン”と言い、多くの霊が入っていて、その霊に囚われて、心配や不安、恐れや縛りなどにがんじがらめになっていたようです。
イエス様は、その人を癒やされました。そんな人でも回復されることを示されたのです。イエス様は、人々の病いを癒やし、必要に応え、嵐を静め、霊的な縛りから人を解放されたのです。その結果、その人は正気に戻り、服を着、イエス様にお供したいと求めたのです。このようの人でも、人は新しくされるのです。これが十字架の力です。イエス様との出会いが、人生を変えるのです。

3.家に帰って、聞かせなさい

癒された人は、イエスと共に従って生きたいと願いましたが、「あなたは家に帰って、神がしてくださったことすべてを家族や人々に話して聞かせなさいと言われたのです。これは宣教であり、証そのものです。彼はその通りにして町中に言い広めたのです。
一方、この光景を目の当たりにした町の人々は、すばらしい御業を見ても信じることなく、離れてくれるよう求めているのです。すべての人が救われることを願っておられる神ですが、心閉ざす人々がいることも事実です。私たちの求めておられることは、私たちが人を救いに導くのではありません。主が私たちにどのようにしてくださったか、私たちがどのように変えられたかを分かち合うことです。さぁ、私たちも新しくされた自らを人々に分かち合おうではありませんか。私たちが直面する様々な状況に対して、イエス様はどうされたのかを通して、私たちはどう生きたら良いのかを学んでいます。イエス様に従うための覚悟、従うとは聞き従うこと、突発的な出来事によって私たちの心の内にある価値観が明らかになり、どんな時でも主に求めて生きることを学びました。今日は、現代あまり意識されていない“悪しき霊”からの解放です。