導かれる神㉒ 「神のご計画の全体」使徒の働き20:17‐38

パウロは、3度目の伝道旅行も終わりにさしかかり、エルサレムに向かう途中ミレトに着き、直ちにエペソの教会の長老たちをミレトに呼びました。そこで最後の別れを告げました。その内容は、伝道者パウロの生涯そのものであり、キリストに出会って与えられた使命をいかに担っって来た人生であったのかを示しています。

これは私たちの人生にも重なるものです。私たちは何を受け、何を手渡して生くのかを考えさせてくれます。パウロの生涯を通して私たちの大切な生き方を学びましょう。

1.エペソの長老たちを呼び語ったこと

ミレトに着いたパウロは直ちにエペソ教会の長老たちを呼び寄せました。長老とは、生まれた教会を建て上げ守るために立てられた群れの責任者です。長老は、神の教会を牧し、群を監督するように立てられました。現代の牧師の働きを担う人々でした。

パウロが語ったことは、アジアでの働きを始めた時から今まで何のために、どう生きて来たのかを思い起こし、その生き方に倣い、神のご計画を全うする様にしっかりと教会を建て上げてほしいのメッセージを伝えたのです。これは正にパウロの遺言です。

私たちは何のために生きているのか、と自らを問う機会としませんか。私たちは、家族・子どもや孫に何を伝え、何を手渡そうとしているでしょうか。手渡すべきものをはっきりと意識しているでしょうか。手渡せる大切なものを持っていること、そして手渡せる人生は何と幸なことでしょうか!パウロは、走るべき工程を走り終えたと言いました。

2.神のご計画全体とは 

パウロはエペソの長老たちに“昼も夜も涙をもってひとりひとりを訓戒してきたことを思い起こし”、“神のご計画の全体を知らせ”、“自分自身と群れに気を配ること”、“聖霊によって立てられたこと”、“荒らす者たちや自分自身に引き込もうとする者たちが起こること”、“目を覚ましてその備えをするように”熱く語りました。その中心は“神のご計画の全体”知り、それを全うするため長老、牧師、監督としてなすべきことを語ったのです。これはいつの時代でも教会が神の教会として立つためには不可欠なものです。

それでは、“神のご計画の全体”とはどんなことでしょうか。エペソ人への手紙1:3-10、3:5-11、14-21に記されています。詳しく見てみましょう。

3.神とみことばにゆだねる

パウロは人々に、神のご計画の全体を知らせ、神に対する悔い改めと主イエスに対する信仰の必要を伝えて来ました。そして、「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばにゆだねます。」と語っているのです。パウロはいつまでも一緒に居られないこと、最後の別れになることを自覚していました。最終的に私たちが立つべき3つの要素がここにあります。神の共同体としての“あなたがた”を、人にではなく“神と恵みのみことば”“ゆだねる”ことができるという恵みです。神のご計画の中心は、教会が建て上げられ、教会を通して神のご計画が告げ知らされ、人々が神の前に悔い改め、主イエスの十字架により救われて人々が神の共同体となることです。パウロは、それを自分だけでするのではなく、担う人々と神がなされることを信じているのです。